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現行政策を肯定する人たちは、「当事者の問題」「自己責任」でけりをつけようとする

「沖縄の暴行事件」に関する論評というのは、結局のところ、「米軍駐留・日米地位協定」というような現行の政策について、どういう評価をしているかという事が、大きく作用していたように思えます。

日頃から、現行政策(米軍の駐留等)に対して、治安の悪化とか、風紀の乱れ等々の様々な面で懸念していた人たちにとっては、まさに、心配していたことが起こったわけで、ここで、政策の間違いを指摘すること(「反基地」の意思表示をすること)は当然のことだったのではないでしょうか。

それに対して、現行政策を肯定する人たちは、この事件を政策の問題とは見ないで、あくまでも、加害者や被害者という当事者の問題に過ぎないと見たわけです。

そういう見方から、政策を肯定する人の中には、政策批判者が、政策批判(反基地デモ)を行うのを見て、「彼らは、被害者のことなど何も考えていないのだ。事件を政策批判の道具にしているだけだ」と決めつける人も出てくるのです。

これは、かつて拉致事件においても起こったことで、拉致問題における政府の対応を批判した人たちに対して、政府を支持する人の中には、「悪いのは、金正日だ。小泉政権を批判するのは筋違いだ」「小泉政権批判者は、拉致被害者のことなど何も考えていないのだ。彼らはこの問題を小泉政権の倒閣運動の道具にしているだけだ」「彼らは、拉致問題を利用して己の政治的野心を実現しようとしているだけだ」と決めつける人もいました。

私自身も、拉致事件における政府の対応を批判した側ですが、私は小泉純一郎が拉致事件を解決しようとする気が無いことを批判していただけのことで、小泉政権が潰れようが潰れまいがそんなことなどどうでも良かっただけに、こういう邪推による決め付けには、大いに憤りを覚えました。

「彼らは、被害者のことなど何も考えていないのだ。事件を政策批判の道具にしているだけだ」と論ずる人には、「お前には、他人の思考が読めるのか。反対論者を根拠のない邪推で中傷するな」と言いたい。

一般的に言って、現行政策を肯定する側は、政策に関わることで問題が起こっても、「当事者の問題」「自己責任」で何でもけりをつけようとします。

小泉改革という政策によってもたらされた「格差問題」についても、彼らは「負け組の自己責任論」を展開するばかりです。

政策に対するどんなクレームにも、「事件・事故を起こした奴が悪いのだ」(=「当事者の問題」説)とか、「それは、あんたに能力がないからだ」(=自己責任説)とか、「そんなのは、気のせいだ」(=「左翼のプロパガンダ」説)とか言ってるようじゃ、政治が良くなることなど絶対ないし、何よりも、言ってる本人の信用がなくなるだけなのではないでしょうか。


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