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コロンブス・メソッド

 最近、マスコミで「モンスターペアレント」という言葉を耳にします。「自分の責任を棚に上げ、理不尽な要求を教師に突きつけ、一方的に教師を責めるクレーマーの親」というような意味で使われているようです。

 この「モンスターペアレント」をDainさんが、俎上にあげています。↓

 わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: モンスターペアレントはどこにいるのか?

 このエントリーでは、「モンスターペアレント」のような存在は昔からあったのだという事を論証し、こうまとめています。

新しい名前をつけて「発見」した気になるのはコロンブス・メソッド。ちっとは過去を見ろ。ママゴン、未熟児ならぬ未熟親、「ローカルちゃん」ママ、「責任転嫁」親、廊下すずめ、いろいろな名前で呼ばれてきた。「モンスターペアレントは、どこにいるか?」ではなく、「モンスターペアレントは、何と呼ばれてきたか」なんだね。

なるほど。

 その時代、その時代で、①「何?この親」というあきれ果てた「馬鹿親」が存在し、②そういう「馬鹿親」に遭遇した現場教師がその呆れた実態を噂にし、③そんな噂を聞きつけた教育評論家が本にしたり、マスコミ関係者がテレビで報告する…という普遍のシナリオがあるみたいですね。

 「歴史は繰り返す…」というよりも、同じ現象を、過去を知らない新たな観察者が、新発見のように騒ぐだけのことかもしれません。

 「客観的なデータの裏付けもなく、単なる印象だけであれこれと論評するテレビの無駄話を真に受けるなよ」という視聴者に対する教訓と受け取りましょう。


 <追記>正確にはこういうべきかもしれません。

 1.「客観的なデータの裏付け」がないので、「モンスターペアレント」現象を、「21世紀の日本社会に起こった特異な現象だ」と決めつけることはできない。

 2.同様に、「客観的なデータの裏付け」がないので、「モンスターペアレント」現象を、過去に起こった同様の現象だ」と決めつけることもできない。



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大高未貴さんのチベット・レポート。アグネス・チャンは、己の国の人権問題にまず取りかかるべきだ。

大高未貴さんのチベット・レポート1/2



 大高未貴氏が九年前のチベット取材について、発言しています。

 大高未貴氏の発言の一部↓

 「ダライラマの写真を持つことは禁じられている。持っていれば、刑務所行き。」(宗教弾圧)

 「チベット人のガイドはほとんど解雇されている。中国にとって都合の悪いことをしゃべるから。」「個人行動が出来ない。全部行動を看視されている」(情報統制)

 「チベット人女性の生きる手段は三つしかない。1に、ネパールへの亡命、2に漢民族との結婚、3に売春。」(人権の抑圧)

・・・・・・・・・・・・・

 それにしても・・・。

 アグネス・チャンは、まず己の国の人権問題にまず取りかかるべきだ。

 チベット人を弾圧している中国政府を擁護し、日本の人権問題に口出しをするアグネス・チャンはそのダブル・スタンダードを何とかすべきだろう。

 今のアグネスは、「エセ人権屋」と言われても仕方ない。

(参考記事)「チベット」平和解決を切望=聖火リレー妨害は「政治持ち込まないで」アグネス・チャン―東京

(参考スレ)
アグネス・チャンを語って欲しいpart2

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気がつけば・・・

2ちゃんねるより、

保守主義というと、自民党が頭に思い浮かぶはずなのに今は疑問に思う
だってすっかり売国奴だから
民主もそうだし、右みても左みても売国奴
あれ?保守派の政治家っていつのまに消えたんだ??



「ネット右翼」向けのパフォーマンスで終わるなよ・・・橋下知事


アホ向けアピールはもういいよ(嘲):イザ!


「で、まあ橋下呆知事がこんだけ職員と、その中でもとりわけ組合と対立している、
 っつー構図を府民に示すのは、単にそれがアホな府民にウケるからでしかないだろ?(嘲)」

「まあ、官僚と必死で戦ってるふりしながら結局は役人並に官僚的、
 っていうマスゾエ・ハゲと同じアピール・スタイルだよね(笑)」

「あの『サービス残業ブチ切れ職員』のねーちゃんが『呆知事は府民と職員を分断してる!』
 つってたのの意味、よくわかんなかったけど、ようやく判ったよ(嘲)」

「職員がいかにアホか、ってことを喧伝することが自分の公明正大さのアピールになる(笑)
 まあそれでダマされてるアホな府民が悪いんだけどさ(笑)」

「いやだからさ、そういうアホ向けのアピールはもういいからいい加減にちゃんとした仕事してくれよ(嘲)
 『府民の皆さん!こんなにも役所の感覚は府民とズレています!』ってことはもう判ったからよ(嘲)」

「ひょっとして……この調子で4年間過ごすつもりなんかね?(笑)」

「まあ橋下くんのやりたかったのがただの『政治』なんだったらそれでいいんじゃねーの?
 とにかく何にもロクなことせずに支持率を維持するだけの4年間
 国政入りも夢じゃないよな(嘲)」



 「職員がいかにアホか、ってことを喧伝することが自分の公明正大さのアピールになる」

・・・要は「世間から批判されている存在である公務員(彼らにとっての悪)を叩くパフォーマンスを見せれば見せるほど、自分が正義であることを世間にアピールできる」という計算が橋下知事にはあるのだろう。

 現に、ネット右翼も絶賛しているし・・・。

 これは、抵抗勢力を叩くパフォーマンスのみで5年間を乗り切った小泉政権のやり方と同じ。

 「悪の一味を倒す」黄門様御一行や、桃太郎侍に喝采する勧善懲悪的世論というのはちょろいもんだ。

 橋下知事に話を戻せば、「職員叩き」ばかり続けていても、府政は良くならない。

 「職員」を「知事とともに大阪府のために頑張ろう」という気持ちにさせられるかどうかが問題なわけで、時には大阪府政のために、「ネット右翼的世論」を敵にしなければならない場合も出てくるのだろうけど、橋下知事には、その勇気があるのかどうか・・・。



アメリカは、中国と事を構える気などない

『親米保守』を切り捨てる米国と東アジアマーケット:元外交官・原田武夫の『国際政治経済塾』
「親米保守」という老人たち


日本でさまざまなメディア、とりわけテレビに出演していると、必ず出くわす老人たちがいる。いわゆる「親米保守」と呼ばれる人たちだ。


テレビの政治討論番組の司会であったり、あるいは常連のコメンテーターとして居座っている彼ら=「親米保守論者」たち。何せ、テレビのチャンネルをつけると、ニュースや報道、あるいは討論番組に必ず1人は出演しているので、彼らの論は知らず知らずの間に現代日本を生きる私たちの頭に刷りこまれているといってもよい。その影響力は、少なくともこれまでの日本においては絶大であったといえるだろう。


それでは彼らが依って立つ「親米保守論」とはいったいどんな考え方なのか?ポイントをまとめると次のようなものといえるだろう。


(1)日本は米国と戦争をして負けた。アングロサクソン、とりわけ米国と戦争をして、勝つわけがなかったのに、無謀な戦争を行ったのである。その後、米国はますます圧倒的な存在となっている。


(2)その一方で、目を西に転ずると中国(さらにはロシア)という大国がいる。これらの国々はいつ日本を襲ってくるか分からない、恐ろしい存在だ。したがって、こうした「仮想敵国」に対する備えを十分にしておく必要がある。


(3)この時、頼りになるのは米国をおいて他にはいない。日本の伝統、そして国家を守るためにも、米国と同盟を結び、仲良くするしか他に選択肢はないのである。


そして、こうした「親米保守論」を声高に語るものたちは、続けて「黒船ファンド恐怖論」に対してあからさまに批判を行うのがパターンだ。「日米同盟で守ってもらっているのだから、多少、その駄賃を米国にくれてやっても問題ないじゃないか。そんなカネ、カネいうな!」と、その筆頭格である塩川正十郎翁(元財務大臣)より、私自身、とあるテレビ番組で叱責されたことがある。


だが、こうした何とも無防備な「日米同盟神聖論」は、もはや支持できないことは、このコラムの読者である個人投資家の方々にはすでに明らかなのではないかと思う。日本のマーケットで「仕掛け」「壊し」「奪い去って」いる群れの先頭にいるのは、米国勢なのである。米系巨大ファンドの「御三家」がいよいよ東京にそろい踏みしている今、日本人が思慮なく丸腰で突っ立っていて良いわけがないのである。


この観点より見ると、最近、大変気になることがある。それは、よりによってこうした日本の「親米保守論」の根底を揺るがすような発言を、カーター元米国大統領が行ったということである。


不思議なことに日本の大手メディアは一切黙殺しているが、米中国交正常化28周年の記念式典に出席するためにカーター元大統領は北京を訪問、その際、「米中国交正常化(1979年)に際し、米国による台湾への武器輸出を中国が認めると約束したので、米国は台湾との国交断絶と中国との国交正常化に踏み切った」と述べたのである(12月7日付「朝鮮日報」(韓国)参照)。要するに、米国は中国との間で密約を結んでいたのだ。


このニュースは、日本の「親米保守論者」にとって破壊的な意味合いを持つ。なぜなら、中国は自らに向けられるはずの台湾における武器増強を、米国に対し、密かに認めていたからである。その結果、「親米保守論者」が何かというと引き合いに出す、中国と台湾との間の軍事的緊張関係、あるいは「中国脅威論」+「台湾善玉論」というセットが巨大な虚構であったことが明らかになったことになる。


そうである以上、「脅威」であるはずの中国と裏では握手していた米国に助けを求め、ましてや米国との同盟関係を神聖視することほど愚かなことはないと明らかになったのである。なぜなら、この巨大なフィクションをつくりあげた張本人が米国なのであるから。


密約の存在を明らかにしたのが、当時の米国における交渉の最高責任者であったカーター元大統領であることから、もはやこれは疑いようのない真実である。見方を変えれば、カーター元大統領、さらにはその背後にいる米国勢、これまで忠犬ハチ公のようについてきた日本の「親米保守論者」を鞭で乱打し、切って捨てたに等しい。これは巨大な「潮目」だ。


 文中の「12月7日付「朝鮮日報」(韓国)」の記事はこれ↓

カーター元大統領、米中国交正常化の秘話明かす

 中国を訪問中のカーター元米大統領は5日、1978年12月の歴史的な米中国交正常化合意は、中国の経済発展と引き換えに、米国の台湾に対する兵器供与を認めたトウ小平副首相(当時)の決断によって可能になったと語った。

 当時大統領を務めていたカーター氏は、国交正常化28周年の記念行事に出席するため、北京を訪問。同氏は、当時の日記を読み上げる形式で国交正常化の秘話を公開し、「トウ小平は体格は小さいが、荒々しく知的で、率直で勇気があり、確信に満ちた人物だった。国交正常化において最大の障害だった台湾への兵器供与を認めなければ国交正常化を成し遂げることができず、中国が米国との国交正常化を果たさなければ経済発展を期待できないことを理解していた唯一の人物だった」と振り返った。

 カーター元大統領は、国交正常化が決まったのは78年12月14日のことだったと語った。当時、トウ小平氏は序列上のトップではなく、国家主席は華国鋒氏だった。毛沢東氏によって粛清されたものの、77年7月に副首相として復権を果たしたトウ小平氏は米中国交正常化の決断を下した4日後の78年 12月18日から22日まで開かれた中国共産党第11期中央委員会の第3回全体会議(3中全会)で、毛沢東氏が後継者として指名していた華国鋒氏の影響力を削ぎ、実権を掌握した。

 カーター元大統領の発言は、トウ小平が第11期3中全会が開かれる前に実質的に権力を掌握していたことを示すものだ。同氏は1979年1月1日に米中国交正常化が発表された直後に訪米したトウ小平氏が「国交正常化のために台湾への兵器供与を認めたところ、同志から厳しく非難された」と話していた秘話なども明かした。

北京=朴勝俊(パク・スンジュン)特派員


 原田武夫氏は、「要するに、米国は中国との間で密約を結んでいたのだ」と述べておられますが、そんなものは当たり前のことじゃないかと、今更何を言っているのかと・・・。

その結果、「親米保守論者」が何かというと引き合いに出す、中国と台湾との間の軍事的緊張関係、あるいは「中国脅威論」+「台湾善玉論」というセットが巨大な虚構であったことが明らかになったことになる。

・・・「米中国交正常化」というのは、そういうことです。「軍事的緊張関係」を解くために「国交正常化」を行ったわけです。少なくともアメリカは、中国と事を構える気などないでしょう。

 「中国脅威論」なんていうのは、媚米派の「日米同盟で守ってもらっているのだから、云々」というアメリカに都合のいい論理を展開するためのものでしかないのではないかと思えてくる今日この頃です。

 中国は確かに潜在的に日本に脅威を与えている国ですが、その脅威を過大評価して、とても日本の手に負えない、アメリカ様におすがりするしかないと日本国民の多くが思い込んでいるところに、アメリカがどこまでも付け込んでくるのです。

 アメリカが日本のために動いてはくれない事は、「尖閣列島問題」でも、「ガス田問題」でも、「拉致問題」でも既に実証済みのことです。今後仮に、日中間が緊張状態になったとしても、アメリカは、日本に「中国と事を構えるな。我々を厄介事に巻き込むな」と自重を促すだけでしょう。

 アメリカに助けてもらうために、「思いやり予算」だの何だのと、無駄金を使うぐらいだったら、その金を自衛力の増強にこそ使うべきです。


「欧米コンプレックス」によって身を滅ぼす日本

「日本になろう」としている米国 / SAFETY JAPAN [日下公人氏] / 日経BP社

第72回
「日本になろう」としている米国

東京財団前会長 日下 公人氏
2008年2月29日

 これからの世界情勢に、仮に副題をつけるとすれば「反転する米国」である。米国では今、さまざまな揺り戻しが起きている。

 ところが、日本ではいまだに、米国の後を追いかけるのがよいことだと信じている馬鹿なエリートや支配階級がいる。彼らは、米国がグローバル化、合理化を進めてきたのを見て、日本も同じことをすべきだと言っている。

 日本がそんなことをしていると、揺り戻しで戻ってくる米国とすれ違うことになる。日本は「米国になろう」として、米国は「日本になろう」としている。

 日本のエリートもみんなが馬鹿なわけではないから、米国の真似をせよと言われても、必ずしもすべてそうはならない。むしろ、日本の方が真似をされる時代が始まっている。そうなってくると、米国の考え方の影響をもともと受けなかった日本国民は、だんだんと自信をつけてくる。

 日本人が自信を回復することは、「保守回帰」とか「ナショナリズム」とか「日本化」といわれる。学者や言論人、マスコミのほとんどは、そうした傾向を批判するが、彼らはやがて国民に捨てられるだろう。

|米国化が原因で米国に捨てられる日本

 保守回帰やナショナリズム、日本化を認めようとしない人たちは、国民だけでなく米国にも捨てられる。今、米国の方が日本の従来の考え方に戻ってきているのだから、いくら日本が米国の考え方に基づいて行動しても、褒めてくれないのだ。

 今まで米国の考え方に従ってグローバル化し、合理化してきたのに、今度はそれが原因で米国からも捨てられるとは、哀れな国としか言いようがない。

 今の日本の支配階級がやろうとしていることの多くは、10年前の米国がやっていたことである。10年前の米国を、今になって一生懸命に真似をして、それで日本が進歩したと思っている人がいるが、果たしてそれが進歩と言えるのだろうか。

 そうではなく、今は米国が反転中なのだから、反転してきた新しい米国を見なければいけない。


 日本人の欧米コンプレックスは根強いものがあり、「欧米的なやり方=進歩的」と決めつけている欧米崇拝者が未だに多いようです。

 この間まで行われていた「ゆとり教育」というのも、「日本の教育は『詰め込み教育』で、子供の個性を潰すから良くない。欧米では、もっと個性を尊重する教育をしている」というような主張が力を持ち、従来の日本の教育方針を安易に放棄することによって行われた愚挙でした。

 「ゆとり教育」の結果がどうだったかというと、「個性の尊重」のつもりが、「放縦」や、「無秩序」を産み、「学力低下」をもたらしただけに終わっています。

 そして、気がつけば、その間、欧米は、しっかりと「学力重視」の方向に転換していたのです。

 「グローバル化、合理化」などというのも、単に一時の「流行り」に過ぎず、こんなものは、アメリカで経営学などを学んですっかりアメリカナイズされた「アメリカ崇拝者」を中心とした「日本の経営は遅れている。アメリカでは、もっと進んだ経営をしている」という主張に過ぎないのですが、「欧米コンプレックス」の日本人には、これが正論のように思えたのでしょう。

 「ゆとり教育」と同じように、日本における「グローバル化、合理化」などというものも、そのうち惨憺たる結果に終わることでしょう。

 日本が、その「グローバル化、合理化」方針の失敗によってのたうちまわるころには、いつの間にか「日本化」しているアメリカが、さっさと日本を置き去りにして去っていくことでしょう。

「古い保守」は、もはや賞味期限切れ

「Munchener Brucke」さん
2008-03-02 保守言論の劣化と内部糾弾
より、

■[Opinion]保守言論の劣化と内部糾弾
 保守言論の劣化が指摘されて久しい。しかし、これまでの指摘は最近右傾化した若者のレイシズムに近い言説に対するものが多く、2ちゃんねる批判と相まって語られることが多かった。私も、この認識に立って、右傾化した若者を多く批判してきた。

 しかし、この認識は一部誤りのようで、80年代に左翼がまだ力を持っていた時代に奮闘していた「古い保守」世代に劣化が顕著に見られる。それは90年代以降の「若い保守」からの「古い保守」への批判という形で露呈しているのが特徴だ。

 まずは沖縄戦に関する教科書記述問題に端を発し、小林よしのりの八木秀次らの沖縄批判に対する違和感*1や、山崎行太郎氏による曽野綾子批判*2に見ることができる。

 最近では、米軍による沖縄の女子中学生暴行事件やイージス艦衝突事件などでの産経新聞客員論説員花岡信昭氏への批判に見ることができる。彼の産経新聞の記事やブログ*3に対し、保守的傾向の強いIZA!ブロガーからの批判*4が集中している。

 共通していえることは、「古い保守」世代が冷戦構造、55年体制から脱却できておらず、その時代の対立構造を引きずっており、左翼に対する敵対意識が過剰な点が挙げられる。「古い保守」はアメリカ=味方である。日米安保体制は揺るぎないものだ。自衛隊は仲間である。といった意識が過剰である。

 90年代以降右傾化した世代は、既に左翼は弱体化していて、対抗意識を燃やす必要がないため思想が自由である。また冷戦構図の呪縛から開放され、アメリカに対する味方意識が薄い。その為、米軍がからむ不祥事に対し、自然に米軍に対し怒りを覚え、結果的に左翼と共闘することになっても抵抗感がないのである。

 「古い保守」の場合、劣化というより言論としての賞味期限が切れて受け入れられなくなったと考えたほうがいい。その意味では「古い保守」は「古い左翼」と同じ運命を辿っているのである。ただ彼らは世の中が右傾化していることを過信して、自らの言説の賞味期限切れに気づかずに腐った飯を出し続けているのでたちが悪い。


  「古い保守」と「若い保守」(私は「若い」というより、「新しい」という言葉を用いることにしたいですが)という指摘は、的を射ているのではないかと思います。

 ただそれは、冷戦後の世界を見据えることの出来た保守(新しい保守)と、どこまでも冷戦時の思考が抜けない古い頭の保守(古い保守)の違いというものであり、世代で分かれるようなものではないでしょう。

 「古い保守」は「アメリカは味方であり、日本はアメリカに依存しなければ存続できない」というアメリカ頼みの思考から抜け出せないままにいます。

 そのような「古い保守」を、「新しい保守」は、ポチと蔑んでいるのです。

 「新しい保守」は、「イラク戦争」でのアメリカの大義なき開戦や、日本に対する「年次改革要望書」にもとずく内政干渉、あるいは、「慰安婦問題」におけるアメリカの反日行為、「拉致問題」に対するアメリカの黙殺等を目にし、耳にすることによって、「もはや、アメリカは味方ではない」ことを悟り、従来の対米従属主義では、日本は立ち行かなくなることを確信し、「古い保守」から袂を分かったのです。

 こうした「新しい保守」に対し「古い保守」は、「酷使(国士)様」だとかと揶揄していますが、「アメリカについていけば大丈夫」という根拠なき楽観論に浸っている連中には、「新しい保守」の感じている「このままでは、日本は立ち行かなくなる」という切迫感を共有することは多分出来ないのでしょう。

一青 窈さんのPVがすごすぎる件について

一青 窈さんのPVがすごすぎる件について - 「深町秋生」さんのブログより、

薄気味悪さという点において、私としては、これが一押し↓

一青 窈「つないで手」



カルト教団に入信して、洗脳されていく過程を見るようだ。
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